所得は苦労の対価??罰ゲームじゃあるまいし



「お給料というのは仕事でしんどい思いをしたり、
ストレスを感じることへの手数料みたいなものだ」


「今の苦労は将来楽をするための布石なんだ!」



こういうフレーズを聞いたことはありませんか?

多分、日本人の多くが持っている価値観だと思います。

だから、多くの日本人はやりたくもない仕事を我慢してやり、

自分の好きなことを我慢してまで働き続けるのです。


しかし、
そんな価値観が実に狭い世界しか見ていないことを
私は思い知らされました。


所得は与えた価値の対価。苦労すればいいわけじゃない




私がかつて読んだ『ユダヤ人の教え』という本。

その本に登場するユダヤ人の大富豪が面白いことを言っています。


「所得というのは、君が誰かに与えた価値に対する報酬だ」



一番最初の行とよ~く見比べてみましょう。


全く逆の事を言っていますよね。



前者は「苦難を耐え忍ぶことへの我慢代」、
受け身な上に、
何も生み出していません。
方向性がネガティブなんです。



後者はどうでしょう。



自分から「価値を与える」。
こちらは能動的に誰かに良いものを提供する
だから稼げる



という発想なのです。

しかも、この言葉を発したユダヤ人の老人は、
毎日自宅のプールサイドでのんびりくつろいでいます。

自分が立ち上げた会社の経営権は有能な後任に譲り渡し、
自分は第一線を退いているのです。

そして、リッチな暮らしを送っています 笑

毎日満員電車の中でぎゅうぎゅう詰めになり、
献身的に会社に尽くしても、
このユダヤ人の半分も稼げていない日本のサラリーマン達とはえらい差ですね・・・。

条件やら才能やらを

私が言いたいのは、

自由もお金も得られる人と

自由もなく、お金も稼げない人には

決定的な発想の差があると思うのです。


苦労して働かなければ所得を得る資格はない!

だとか

苦労することで個人の楽しみを許されるんだ!

なんて考えは

もうやめにしません?


そうではなく、例えば大勢の観衆の前で一発芸をやって、
 
その一瞬で大観衆の笑いを取れば、
その一瞬の価値は何十、
何百万円になる可能性だってありえるのです。



逆に、ブラック企業で働く人々を想像してみましょう。

彼らは、こと「苦労」に関しては
普通の人の何十倍も味わっています。

「苦労の対価」=「所得」であるならば、
彼らは全員大金持ちです。

でも、実際は全然そんあことありませんよね。

低賃金でずっと長時間労働を強いられるのがオチです。

その境遇を変えるには、

発想の転換=転職

しかないのです。

極端な例を言いましたが、要は

苦労して働くこと=所得のための絶対条件 
という考え方に囚われていては
いけないということです。


逆に言えば、会社勤めもせず自由なのに、
人並み、あるいは人一倍所得を得ている人々だって大勢いるのです。

会社勤めが「馬鹿馬鹿しい」と感じる若い方は多いのではないでしょうか?

そして、そんなことを言うと「だから最近の若いもんは」とか、「ゆとりはこれだから・・・」

とかいう批判が飛んでくることでしょう。

そんな小言はこの際放っておきましょう。

今の雇用システムを守るために作られたようなしょうもない価値観などに縛られる必要はありませんよ。

そんな価値観を守っても得られるものはありません。


普段遊びまくっていようが、
たとえ一瞬でも誰かに価値を与えることが出来れば、
人々はあなたに報酬を与えてくれるのです。


あなたの本当の価値を考えてみてください。


絵を描いて人を楽しませる

凄まじい操作テクニックで
観る者を魅了するゲーマー

面白い動画や写真で人を笑顔に出来る


こういったことも立派に人に対して
価値を与えていますし、

上に挙げた三つのタイプはいずれも、
私の知る方法で稼げると思います。


くろかさが与えたい価値



かくいう私は、

「自由になるための知識」

を読者の皆さんに提供しています。

それは、現在進行形で私が実践し、
活用しているている知識です。


そのおかげで、
残業代も出さず新人を酷使するような会社を辞める準備が整いました。

資格もスキルもゼロ・・・
特にこれといった才能も無い私が
人に与えることが出来る唯一の価値かも知れません^^;

興味がある方は、
社会から自由になろうとしている私や、

既に自由を手にした私の師匠達が
実践していることを、

ちょっと読んで行きませんか?